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午前6時のぱんぱんスープ
その昔、とあるおっさんが歳を食うと消化器官が弱り油めいた食い物が食えなくなる挙句にそもそも消化器官が弱っているものだから少し食っただけで消化せずに体内に食い物が溜まる一方で常に腹が膨れ実に悩ましいことこの上ない肉体になってしまう、というようなことを言っていたが、現在僕はおっさんの言ったとおりの肉体になったということをここに報告したいと思うのである。
消化をしないということは常に腹の中に食い物が残っている状態であるので腹が減らないのである。否、腹は減る。脳味噌のレベルでは腹が減るのであるが、胃のレベルになるとぱんぱんなのである。つまり脳味噌は食い物を求めるが胃が拒否をする。言うことをきかない部下のような胃であるが、左遷させるわけにもいかぬのが悩ましいところである。
なしてそもそも歳を食うとこのような事態になってしまうのだろうか。胃がぱんぱんだと人間というのは考えることがいやんになるもので、従って事態の脱却について全く思いつかない状態であることもまた重ね重ね悩ましいことであるが、このままぱんぱんが続くと脳味噌ばかりが欲求不満になって胃だけが満たされ続けてゆくことになって、この場合消化不良以前に自分の脳味噌が心配になってくるのである。
運動をしようと思ふ。僕という男はこれまでの人生、なるべくであれば運動というのをしなくてもいい立場を維持し続けていきたい、ということに全神経を集中してきたように思う。平たく言うと運動というのがとっても嫌いなのである。でもそんなこと言っていられないのが今の僕の立場であって、以前の立場のままではいられなくなったという事実を今一度認識せねばならぬのである。そもそもぱんぱんの根本的な原因というのもたぶん運動不足が関係しているのだと僕は薄っすら気づいている。気づかぬ振りをしてぱんぱんと正面から向き合ってこなかったのである。でも今は違う。胃がぱんぱんならば外部からぱんぱんを刺激し内部の改革を促すのだ。すなわち運動しかない。江戸時代でいえばペリーの黒船が来航して大砲で脅し上げ日本が鎖国をやめたように胃を外圧で叩きのめすのである。胃、こら。
ぱんぱんに対して一番効果的な運動というのは何だろう。僕は腹筋だと思ふ。根拠はないがこの場合自分の直感を優先したい。大人になると人間というものはどこか保守的になるもので、直感に頼ることを恐れるようになる。だから結論がなし崩しになって、玉虫色の結果しか出ないのだ。昨今の民主党が典型である。僕は民主党は駄目だと思う。だからここは直感で行く。行ってやる。行かなきゃ駄目なような気がするのである。そんで僕は腹筋をやることになったのだがここで問題が発生したのである。腰痛である。僕は常日頃腰の痛い男である。たぶんこれも以前の立場を利用して運動というものを遠ざけていたことが原因であると推測するのであるが、つまり運動不足により引き起こされたぱんぱんを、運動不足により引き起こした腰痛のお陰で腹筋がままならない。まさしく因果応報ではないか。僕は地蔵のように固まった。唖然としたまま中空の埃を目で追った。平たく言うと放心した。しかし地蔵のままではぱんぱんはますます増幅する。しかし腹筋を腰のせいで否定された今、他に手がない。むくく。僕は顔面の筋肉のすべてを硬直させたまま両腕と両手を肉体の側面に反り合わせ、そうして両足をぴんと伸ばしたまま自室の床の上に立ち尽くしたのである。事態に対する打開策が思い浮かばぬ時、人間というのはこのような姿で立ち尽くすものである。たぶん。
立ち尽くしたまま時は過ぎた。10分くらい経過した。何もせず立ち尽くすというのは非常に疲れる。疲れると人は座りたくなる。僕は自分に正直に生きたい。自分の想いに忠実に生きたい。僕は座った。座った僕の眼前にテーブルがあった。妻がテーブルの上に何かを差し出した。尻を突き出して覗き込むとそれは野菜スープ。諸君は野菜スープというものを知っているだろうか。僕は知っている。あらゆる野菜をコンソメで煮込んだものである。簡単そうに聞こえるが実は難しい。以前調子づいて野菜スープをこしらえたことがあるが実に不味かった。なして不味くなったのか、その原因を追究したくなくなるくらい不味かったので追及していないが、たぶんこしらえる工程そのものに重大な間違いがあったのだろう。しかし妻の野菜スープは違う。実に美味い。どうして美味いのか、その理由を追求している時間がもったいないくらい美味いので追求はしていないが、たぶんこしらえる工程が正しいのだろう。そうして僕は野菜スープを啜った。ぱんぱんが徐々に和らいでゆく。体内のぱんぱんすべてにじわりと染み渡る。優しい味。優しいという言葉は本来であれば味覚を表現する際に用いる言葉ではないと思うのだがしかし、優しい味、という抽象的な表現が最も相応しいのである。たぶんこれが野菜スープの完成形なのだ。いやぁ、実に奥が深い。さっきまで腹筋と腰痛の狭間で嬲られ続けた僕の精神が癒されてゆく。もう腹筋や腰痛に悩まされなくていい。否、諸悪の根源はぱんぱんであった。そのぱんぱんから僕はようやく解放されるのだ。光。光が降り注ぐ。光、あはん。
降り注がれた光にいざなわれるように僕は眠りについた。そうして翌朝目覚めるとぱんぱんが治っていたのである。全く素晴らしい朝ではないか。しかも休日ということもあって僕の脳味噌と胃が同じ旋律をユニゾンで奏でている。僕はそのメロディにいざなわれながら主に北海道地方に拠点を置くセイコーマートというコンビニエンスストアーで限定販売されるピリカレーというスナック菓子を食い始めたのである。人間という生き物はぱんぱんが治るとスナック菓子を食いたくなる不思議な生き物であるが、僕も例外ではなくやはりピリカレーが食いたくなったのであるからある意味平凡な男である。そうして食い続けていくうちに僕はあることに気づいた。スナック菓子に飽きたのである。しかし飽きたからといって脳味噌と胃が満足したわけではないというところが重ね重ね人間の不思議なところであり、平たく言うと別の食い物、出来れば焼き蕎麦を食いたくなったのである。そうして朝っぱらから焼き蕎麦を探したが、残念なことに我が家の冷蔵庫には焼き蕎麦がなく、しかし諦めきれぬ僕は台所付近のすべての扉を開きすべての棚の中に頭部を突っ込んで焼き蕎麦の行方を追った。実に執念深い男であるが、そうしているうちに主に北海道地方で限定販売されている焼き蕎麦弁当という決して弁当ではないが即席焼き蕎麦を見つけたのである。るるんぶ。僕は踊った。嬉しくて。それからすぐさま湯を沸かし、沸いた湯を焼き蕎麦弁当の容器に注ぎ入れ、3分待った。3分は長かった。あまりにも長いのであまったピリカレーを食いながら待つうちにとうとう焼き蕎麦弁当が完成したのである。茹で上がった麺の上にソースを放り込み、糸が引くくらいのスピードで麺を混ぜ合わせ、僕は一気に頬張った。飲み込んだ。どうして焼き蕎麦弁当は北海道地方限定品なのだろう。こんなに美味いのに。などと思いながら食い終えた僕の胃はぱんぱんであった。いつも以上に苦痛を伴ったぱんぱんであった。僕は身動きが出来なくなり、カウチソファのカウチの部分に横たわって必死にぱんぱんに耐え忍んでいるうちに妻が起きてきた。僕は妻に「野菜スープ作って。お願い」という想いを口に出さず目に込めて妻を見詰めた。人間という生き物は呆れ果てると無言になる。妻もやはり無言であった。人間という生き物は妻に呆れられると無言になる。僕もやはり無言であった。見詰め続ける僕の姿を目尻の隅に置き去りにしたまま妻は台所に向かい、そうして無言のまま昨晩の野菜スープの余りを温め始めたのである。僕は横たわったまま野菜スープの到着を待った。この数分が実に長かった。実に長かったので待ちきれずに自分で取りに行った。そして妻の方をあまり見ないようにしながら野菜スープを啜ったのである。泣きながら。おかわりして。かしこ。
by hasumaro | 2011-02-03 09:25 | エッセイ
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