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波止場でカルビを釣りたい
諸君らは魚釣りというのをやったことがあるだろうか。
僕はある。あらゆる絶望と後悔と無念に打ちひしがれつつ、それでも頑張って前歯と奥歯を噛み締めながら、血と汗と屁を垂れ流しつつ、幾多の裏切りと同情に見舞われながらようやく三十路を跨ぎ越え、そして数年を経た今年の初秋、とうとう僕という男は生まれて初めて釣りをやったのである。やり遂げたのである。
釣りごときではしゃぐんじゃねぇよこのボウズ野朗、などと釣りを経験している者であれば僕を罵倒せしめた挙句暴行にさえ及ぶかもしらん。しかしである。僕という男はこれまで釣りといえば、夜毎酒場で次の宴席の猥談ネタをキャバレーやらスナックやらでホステス相手に釣っていたような、そんな如何わしく実に卑猥めいた快楽的な日々を半裸で過ごしてきたような、平たく言えば男性器を肉体化したような男であったのであり、そんな陰茎のような卑猥な男が釣り糸を垂れて魚の訪れを待つような、そんな平凡な、ともすればおっさん臭い地味な道楽をやってしまうようになるとは、ほんとほとほと自分も成長したなぁ、大人になったなぁ、と思うのである。
これまでの人生、魚なんつうのは誰かから頂戴するか、あるいはスーパーマーケットにわざわざ出向いてって購入するものだと固く信じて決して疑わなかったものであり、例えば僕はイカの塩辛なんつうのがわりと好物であるが、こんなものは誰かが漬けたものを頂戴したり、ともすればイカ屋に行ってイカ屋のおっさんが趣味で漬けたようなものを安く購入するもんであると思っていたのであって、自分でなんかの瓶を買ってきて、わざわざイカを自分で捌いた挙句ぐちゃぐちゃ瓶の中に詰め込んで漬け込むような、そんな貧乏臭い真似を僕は決してしない、しちゃいかんのだ、と強く言い聞かせた挙句それがこだわりとさえなっていたほどであり、そうして自らは決して動くことなく完全な他力本願の果てで自室に蹲り続けているうちに気づいたら経済的に貧窮していた、などという経験もないといえば嘘になるような生活を余儀なくされたものだが、しかしここにきて、実際自分で現地にまで出向いて魚を釣ってみるとこれ、結構おもろい、実に粋だ、なんだか贅沢だ、などと思うようになり、人間ちゅうものは自分のこだわりを持ち続ければ持ち続けるほど逆に進化や成長の妨げにしかならない、もっと自分の殻を破壊し、新たなる経験をしなければ進化及び成長はしないものなのだ、傷つくことを恐れていては生涯童貞のままなのだ、というような意味のことを今まさに感じているのだから、僕という男の今秋の進化・成長を是非とも諸君らにも感じて頂きたいのだけれどもブログごときではなかなか伝わらないのが実に残念極まりないのである。
まだ薄暗い早朝に目覚め、そして車に乗り込むと静かにアクセルを踏み込む僕。車のトランクには釣竿。そして奴らを吊り上げる為の餌並びに様々な仕掛け及び道具達。僕は深夜の国道沿いを制限速度30キロ程度オーバーさせながら走るのだ。外灯の列。夜風が僕を歓迎している。ウエルカムはすまろ。都会と田舎をいくつか過ぎるとやがて海が見える。海、そして愛。という歌を昔加山雄三が歌っていた。そうしているうちに防波堤が見える。ここが今日の僕のステージか、などと心で呟きつつ僕は竿を握る。そして釣竿の針みたいなやつにミミズみたいな餌を突き刺し、それから海に向かって竿を放り投げるのである。うほほ。ぽちゃんと糸の先っちょにぶら下がった重りが海面に突き刺さり飛沫が上がる。それから糸を軽くくるくる巻き上げ、僕と魚との駆け引きが始まるのである。魚が餌を突っつくと僕は平静を装い、素知らぬ顔を作りながら屁などをし、しかし一旦激しく餌に食いつこうものなら僕は瞬時に竿を天に向かって聳え立たせ、それからずわっと立ち上がって糸をくるくる回して魚を引き上げるのである。その時の僕の顔は初めての性体験を経た翌日の朝よりも男前だと思ふ。そんなルックスで引き上げた魚がとうとう僕の頭上で踊り狂ったように針にぶら下がっているのである。僕は、僕という男はとうとう魚釣りを成功させたのだ、素晴らしい、実に清清しい。心を激しく興奮させながら僕は次の獲物を狙う為、また針みたいなやつにミミズみたいな餌を差し込んでゆく。これが釣りの世界である。
しかし釣りというやつにもリスクが伴う。それは寒さである。北海道ちゅうところは本州や四国や九州に比べわざと温度が低く設定されている土地である。そんな中で釣りなんかをやったらこれ、確実に風邪を引く。だから予めものすごい厚着をするのであるが、僕のような初心者は竿を持っただけで人並み以上にテンションがハイになるので、それに乗じて体温もハイになる。だから上着を脱いだり、しかし数分後には寒くなるのでまた上着を羽織り、それを何回も繰り返すものだから釣り以外のことで実に忙しいのである。そもそも釣りにおいてはど素人であるため、厚着ちゅっても釣りに適した衣服など持っておらず、パジャマやらジャージーやらショーツやらシュミーズやらを団子のようになりながら重ねて着るしか手立てがなく、傍から見ると実に不細工極まりない姿と成り下がるのである。もともとお洒落心が豊富であるはずの僕であっても、釣りちゅうやつはまるでファッション性を求められぬものであることからこれ、完全に実用性を重視、否、実用性のみしか求められないのであり、しかしそれはお洒落心とは真逆に位置するもので、そうなると必然的に僕の最も不得意分野になってしまう。そうした経緯から結果団子のようになった僕は玄人の釣り師が一枚で済むところを二枚も三枚も重ねて着る羽目になり、同時に一枚脱げば済むところを二枚も三枚も脱がねばならなくなるためおのずと時間が掛かり、釣りに集中する時間が削減され、そうでなくともなかなか釣れぬところをさらに釣れなくなる条件ばかりを自らで積み上げるような羽目になるのである。困った素人である。そうこうするうち一度脱いだ衣服を今度寒くなって再度着ることが実に面倒臭くなり、結果妙な薄着のまま釣りをする羽目になって、案の定風邪を引いた僕。くしゅん。
防波堤で糸を垂らしながら針の行方を見守る。そうして竿の先が、くんくん、と揺さぶられると魚が掛かった合図であり、そうなると一気に立ち上がって糸を巻き上げるのであるが、これがなかなか訪れない。竿は電柱のように身動きせず、針はまりものように眠っている。そんな中、釣りをやる連中ちゅうのは「お、どうだい釣れてるかい?」だの「今日はなかなか釣れないねぇ」なんつってやたらと話しかけてくるのである。素人である僕は「今日は連れてるかい?」などと質問されたところで今日が初めての釣りであるため昨日も今日も明日もなく、しかしいざこうして防波堤に立つと、素人であるという事実にコンプレックスを感じ始め、一丁前に「いやぁ、なかなか釣れませんね、今日は」などと返答したがるのである。で、一丁前な口をききつつ「ほほん」と鼻の穴を広げあげて不用意にも自惚れていると「ここら辺りって何が釣れるの?」などとちょっと難しいことを聞いてくる奴が現れるのである。何がって、魚だよ。と心で言い返してみたのであるが、こいつはつまり魚の種類を聞きたいのであろう。そんなもの当然わからぬ僕は、同行して頂いたプロの釣り師と最愛なる色子に向かって「ちょっと、何か聞いてるから、おれ、わかんねぇから、ちょっと助けてくれよ」というような意味を深く込めた視線を送るのだが、人間ちゅのはこういう時、その心の意味というものになかなか瞬時に反応してはくれぬもので、そんなことから意味に気づいてくれるまでのロスタイムの間に「で、なんの魚?」などと向こうは再度聞いてくるのであって、困り果てた僕は正直に素人であることを打ち明けるか、あるいは気づいてくれるまでもう少し頑張って、例えばちょっと話をずらしてみようか、などと色々思案するのであるが、そいつはそんな僕の苦労及び苦悩など全く関係なく、土足で僕の心の中に上がり込み、「魚の種類なんて誰でも知っている」というそいつ自身の個人的な固定観念を素人である僕にまで一方的に拡大してくるのである。こういう奴というのは出世すると部下に一番嫌われるタイプである。気をつけたいものである。そうして「あ、うん、魚ね、今日はなにかなぁ、えと、むふ、むむ」などとうろたえているうちにようやく僕の心の叫びに気づいてくれた愛しきプロと色子。僕を取り残して三人で会話が進んでいくことにちょっぴり淋しさを覚えつつ、ほっとした気持ちもあり、そんな複雑な心境の中僕は最後まで、泣きながら、しかし涙を隠しながら、釣りを続けたのである。
来年あたりは塩辛でも漬け込んだろうかしらん、などと呟きつつ、しかしきっとそれはやらんだろうな、という本音に悟りながらも、こういうことを呟くことが実に気分いいな、と思ふのであるが、なぜかというと人間ちゅうものは新たな経験をすると進化・成長する場合もあるが、ただ調子に乗るだけの場合もあるのである。ちょっと新しいことをやっただけで自分は他人よりも進んでいる、などと図に乗って、しかし根本的にその中身を理解しているわけではないためこういう輩は長続きしないものである。継続とは力とはよく言ったもので、好きであるからこそ継続し、これに伴う努力も出来るものなのだが、上っ面だけで調子こく男というのはそもそも努力が出来ないのである。だからいつまで経っても実力が伴わず、口先だけが達者に動き、顔面が軽薄になるのである。実に気をつけたいものである。で、塩辛を漬けるのはなんだか面倒くせぇから、こればかりは他人に頂くか買うことにしたろ、という本音を呟くことで僕は塩辛から解放されたのである。ダッシュ。かしこ。
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by hasumaro | 2008-11-12 10:00 | エッセイ



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