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真冬の夫婦善哉
雪が降る。やがて雪は積もる。辺り一面が雪まみれ。歩道も車道も建物も公園もすべて雪に埋もれて何もかもが真っ白である。ついでに気温も下がりに下がって氷点下の有様。夜には雪が氷に変わって朝方には水道も凍る。車は氷の上を恐る恐る徐行する。気を抜くとすぐに滑って事故に見舞われる。運転が下手糞な奴は毎年車がでこぼこになって十年を経過すると見る影も無くなる。それは私である。私の車はそら買った時には素晴らしく格好が良く実に素敵な乗り心地であった。しかし十年を経た現在、リアカーの方がマシに見えるほどの姿と成り果てているではないか。実にまいった。
北海道という土地に生まれ育ちながら僕は北海道に憎しみを抱いている。しかし一方で北海道の悪口及び陰口のようなことを言われたり聞いたりすると非常にむかつくのである。これは愛の表れである。すなわち僕は北海道のことを愛していながら憎んでいる。これを愛憎というのである。愛というものは憎しみに変わる場合が多いので気をつけたいものであるが、そもそもなして僕が北海道に憎しみを抱くことになったのかというとこれ、前途した通り「寒さ」が一番の理由に挙げられるのである。
諸君は氷点下の中で万人に愛されるかのごとき笑顔を振舞えるだろうか。僕には出来ない。なぜなら寒さというのは人間の表情というものを奪うからである。北海道の人間ちゅうのは顔面の筋肉を寒さに対応することを優先しすぎたせいで冬になると皆一瞬で無表情になる。北の国からという国民的ドラマを観て頂くとわかると思うが、純も蛍もついでに五郎も皆どこか笑顔が不足がちだと思うのである。これは経済的な理由もあるかも知らぬが、寒さゆえに笑う余裕がないのだと思うのである。このような理由から例えば惣菜を買いに商店へ顔を出すと店の女将が実に無表情であったり、居酒屋の親父などに至っては「早く帰れ」と言わんばかりの素振りで温い燗を無造作に置いていくではないか。僕は実にむかつく。昨今のわざと臭いくらいの過剰なサービスを行うチェーン店などに行くと寒さの中決死の笑顔を作っているが、あのような笑顔を僕は望んでいるのではなく、ただ客として来店した者にわざわざ不快感を加えるような接客ではなく、自然とした佇まいの中不意に漏れる笑顔に出会いたいと思うだけであって、しかしそもそも笑顔に出会いたいがために居酒屋へ行くわけではなく、ただ単に酒と肴があれば何でもいいのだが、しかしそこで不快感まではいらない。どちらかというと自室で呑んでいるだけでは味わえぬような、お店に出向いてようやく味わえるような雰囲気というか、そのようなものを感じさせてくれればいいのであって、だからいくら寒いといったって親父は暖房を浴びながら串を焼いているのだから、むしろ寒いのに耐えてお店までやってきたのは我々の方であって、寒さに耐えた挙句不快感を加えられるというのは実に不条理ではないか。僕はこのようなところに憎しみを抱くのである。
親父が悪いわけではない。すべては寒さのせいである。あの親父だって孫に安いミニカーなどをプレゼントしているかも知らんし、その孫に「じいちゃん、ありがとう」などと言われたらそら笑顔のひとつも漏れるだろう。このような人間性が寒さの中に消滅してしまうというのが北海道に生れ落ちた人間の宿命なのかも知らん。寒い中バスを待つ。車道が雪に埋もれているせいでバスの速度も落ち、それが渋滞を引き起こす。寒空の下でバスを待つ者は懸命に寒さに耐えながらバスが来るはずの方角をじっと睨み続けている。バスの後を走る僕の車はバスの速度が遅いせいでとても苛々している。苛々のあまり無理矢理バスを追い抜くとさらにバスの到着は遅れ、待ちわびる乗客の忍耐も徐々に薄れ、一向にやって来ぬバスの野朗にだんだん腹が立ってくる。その乗客らに舌を出しながら僕の車は真横を通過する。乗客らは皆うらめしそうに僕の方を睨みつけ、僕はそれを見て「けけ。ざまぁみやがれ」などと捨て台詞を吐きつけるのである。何たる憎しみの連鎖だろうか。やがて春が訪れ、少し暖かくなったなら皆笑顔でバスを待ち、僕も笑顔でバスの進行を優先させるはずなのだ。しかし冬の寒さのせいで皆人間性を見失い、憎しみ合っているのである。実に淋しい話ではないか。しくしく。
雪が積もると北海道の人間は雪掻きというのをやる。雪が積もりすぎると家屋の出入口などが雪に埋まり家屋に入れない者と家屋から出られなくなる者が出現するからである。そうした事態を避けることから雪掻きをして雪を数箇所に集め、安全なスペースを確保するのである。このような雪掻きという作業は北海道の人間から体力及び気力というものを奪う。北海道経済が一向に良くならないのは雪掻きのせいであると僕は思うのだか、このように思うに至って僕の憎しみは冬がゆえの寒さだけではなく雪そのものへと範囲を広げるのである。雪というのは非常に憎たらしい。お湯で溶かそうと企んでも気温が低いせいでお湯が氷に変わるのである。雪掻き作業に消費する体力は凄まじい。体力が減ると人間ちゅうのは気力も減るものである。その両方をほぼ同時に味わえるのが雪掻きという地獄の作業である。北海道から雪掻きというのが無くならない限り僕は北海道経済は良くならん、と強く思うのだがしかし、今年度の札幌市の予算から除雪及び排雪費用が削減されたというではないか。札幌市長は札幌を破綻させる気なのだろうか。実に阿呆である。もうこうなれば僕は怒った。雪掻きなどやらん。やらんで家の中から出ない。出たら入れなくなるかも知らんから入られるようになるまで出ん。そう心に誓って一先ず正月中を家に篭って過ごそうと企んでみたところすぐに酒が切れ、肴が切れ、餅が切れた。このままでは正月そのものを万全に過ごせなくなる可能性がある。僕はおしるこが食いたい。札幌市長への抵抗を優先するか、正月を優先するかしばらく悩んだところ僕はとうとう結論を出したのである。あはは。やっぱ正月だよね。なんつってとりあえずお酒がなけりゃ始まらない、などと何かが始まる根拠もないまま一人呟き、それから「正月はやはり美味い酒が呑みたいものだねぇ」と妻に聞こえるように言い、それを聞いた妻の後姿を追うように玄関を出て、やがて冬景色に染まりきり、極限まで積もった雪の中の歩道を無理矢理笑顔を作りながら夫婦仲良く手を取り合って駐車場までよちよち歩き、そして雪の中に埋もれた僕の愛車を見て絶望したのであるが、人間というのは絶望した時、最後に漏らすのは笑顔である。僕は笑顔のまま車のところまで走りより、そうして笑顔のまま雪掻きをしたのである。両ほほを伝ったのは涙ではない。きっと汗であったはずである。かしこ。
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by hasumaro | 2011-01-12 16:58 | エッセイ



爆発する愛と欲の言葉達
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