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思い出もそもそ
下の毛の芽生えもないまだ小学生時分、粕山塵男という同級生がいた。僕は彼と仲が良かったわけではなかったが、というのは彼自体が僕を苦手としていたからであり、また僕はその旨を彼に直接口頭で伝えられたので彼が僕を苦手である、という事実を把握していたので当然仲良くなれるはずもなかったのであるが、その粕山塵男が僕を苦手であるとする理由というのが「一緒にいると何か嫌な予感がする」というものであったため、そうした根拠のない漠然としたヤマ勘めいた他人の予感を本人である僕が直しようもないので、僕は以来彼と仲良くすることを諦めざるを得なかったのである。
このような確実な事由もなく、感覚的な部分で苦手になった場合、その苦手なことを克服する手段というのは実に限られている、というのを、平たくいえば粕山塵男の気持ちが大人になってからわかる気がするのである。例えば僕の苦手なものといえば代表的なのがゆでたまごと家電である。前者でいえば、あの、つるんとした表面ともそもそした内部のバランスが僕にとっては限りなくアンバランスで、それを想像するとどうにも噛む気分になれない。噛めぬということは食えぬということで、従って僕はゆでたまごを食えずに大人になった。しかし大人になってみて気づいたところ、ありとあらゆる料理にことごとくゆでたまごが添えられていやがるではないか。例えばラーメン、カレー、サラダ、場合によってはお通しで提供しやがる野蛮な居酒屋さえ存在する。しかし一方でこうした場合にいちいちゆでたまごを避けて麺やカレーやレタスを貪る有様が一寸格好悪い気持ちになることがあり、「これも経験の内だ」などと無駄な感情の労力をゆでたまごに注いで喰らおうとすることがあるのだけれども、やはりあのつるん及びもそもそを思い出し「やっぱやめた」なんてことになって「通し代を引きやがれ馬鹿野朗」などと会計の際にレジスターに立ち尽くすホールスタッフに八つ当たりをしたりするのであるから実に迷惑な大人であり客である。
また後者はどうか。家電というのはまるで売れないロックバンドのように「俺たちの良さはわかる奴にだけわかればいい」という態度で僕のような素人を威圧してくる。どれも似たような姿をしているくせに中身が違うらしく、しかし中身を分解できるはずもなく、また分解したところでたぶん訳がわからぬ僕に「これ読んでわからん奴はアホ」とでも言い放つような態度で訳のわからぬ記号や数字を配列した説明書きのようなものをびらびら貼り付けながら実に無愛想に陳列されている。つまり家電量販店というのはライブハウスのようなところで、社会と逆転して家電ファンが政権を取っている場所といっても過言ではない。僕のようなスマートフォンという媒体の具体的な利便性を見出せないでいる男などは完全な家電マイノリティであり、その家電ライブのノリについていけず隅っこで目立たぬよう隠れながら「ストレイト、ドキドキする」などとうっかりパフュームの楽曲を口ずさむものなら、家電ファンらに「だせぇこいつ」などと罵られ罵倒され、挙句人権さえも蹂躙されかねない。うかつにコンビニに便所を借りるような軽いノリで家電量販店に入ると正常のまま出られる保障さえないのである。実に恐ろしいところではないか。
そもそも昨今の家電というのは難しすぎやしないか。ややこやしすぎやしないか。DVDというものをやっと理解した途端今度はブルーレイ。たぶんDVDよりすごいことになったのがブルーレイだと思ふのだが、誰がすごくしてくれと頼んだというのか。聞くところによるとDVDプレイヤーではブルーレイは観れず、しかしブルーレイプレイヤーだとDVDは観れる。DVDプレイヤーしか持たぬ者は生涯ブルーレイは観れぬということになり、しかしブルーレイプレイヤーでDVDを観た場合画質がやや劣る。だったらブルーレイプレイヤーを買おうと思ったら今度我が家の映画コレクションはすべてDVD。このままでは生涯劣った画像を観続けることになり、これは視力等にも影響するだろう。僕は近眼である。コンタクトレンズと眼鏡を利用してようやく社会にしがみついている視力弱者である。ともすればブルーレイを観なければ失明するかもしれぬ将来的な不安を抱きつつ怯えながらDVDを観賞する精神的な抑圧に耐えられるほど僕はタフではない。「僕の視力を十分に考慮したプレイヤーはどれであるか」と家電量販店の店員にたずねたところ彼らはブルーレイのすごさとDVDの劣りを延々説明する挙句「こいつこんなことも知らんの?いやになっちゃうね、ほんとに」というような気持ちを顔面上に包み隠さない。僕は孤立した。疎外された。迷子になった。そして淋しくもなった。その淋しさが僕の感情の中に焦燥感を抱かせ、冷静さを失うことになった。そうしてヤケクソになった果てに得体の知れぬプレイヤーを買う羽目になった僕の心は行方不明。家電量販店を出る頃には出家する決意をしたのである。つるん。
ゆでたまごと家電に抱く苦手意識というのに共通するのは粕山塵男いわく「何か嫌な予感がする」ということである。すなわちゆでたまごのつるんともそもそに得体の知れぬ不快な予感がし、家電屋に行くと行方不明になるような孤独と不安の予感がするのである。これらを克服するとなると手段はおのずと限定される。これすなわちゆでたまごの美味しさを理解し、家電に詳しくなることである。無理である。そんなこと。そうして粕山くんの気持ちを今まさに理解するのであるが、そもそも粕山は僕のどこに嫌な予感がしたのだろうか。僕は彼に何か嫌なことを予感させるような行為を実行しただろうか。否、していないはずである。何もしていないのに粕山という男は一方的に自身のヤマ勘で僕に嫌な予感を抱いた、ということなのか。それならばどうしようもないではないか。なぜなら彼の予感は誤解であり、その誤解を解く術は僕にはない。なぜなら粕山の勝手な思い込みで作り上げられた僕への一方的なその予感を、すなわち誤解を、今まさに粕山と会って「誤解だよ」って伝えることができぬからである。誤解。奴の勝手な誤解。粕山が作り上げた誤解を僕は生涯解くことが出来ぬまま、彼の思い出の中で「嫌な予感を感じさせる男」として永久に残り続けることになる。実に不本意な思い出ではないかこら。勝手に残すなこら。僕はなんだか粕山がむかついてきた。むかつき過ぎてストレイトにドキドキしてきた。あの野朗、今頃僕を「嫌な予感を感じさせた嫌な感じの男」として妻子や身内、ともすれば近隣の者らへ言い触らしていやがるかもしらん。自分で勝手に思い込み、その誤解を解く機会を作ることすら拒み、彼の思い出の中で一方的に嫌な僕の姿がすでに完成されている。もはや粕山の家に忍び込んで寝込みを襲うしかないのか。そんなことしたら僕だけが逮捕され、彼は法廷で「はすまろは昔から僕に嫌な予感のみを与え続けてきました」などと僕に不利なことばかりを裁判で証言するに決まっている。それを真に受けた裁判官が僕にとって最も不本意な判決を下すのだ。すなわち有罪。なんちゅうことだ。とんでもない冤罪だ。僕はそもそも粕山に何もしていない。粕山の粕をとってカスというあだ名で呼んでいたが、それは彼の存在がカスだったわけではなく、苗字が粕だったからであり、もしかすると彼にとってはゴミやチリを意味するカスとして受け取っていたかもしれないとしたらそれもまた誤解であり、その誤解を解く術もまたないのである。
僕は諦めた。粕山を諦めた。粕山への諦めは小学生時分に続いて二度目の諦めである。僕にはもう三度目はない。仏の顔は三度までである。僕は僕の仏を大事にしたい。仏は万物に平等である。直接手は下さぬが天の彼方から僕を見守ってくれているはずである。僕はいっそ仏になりたい。仏になってカスを忘れたい。そうして僕は今一度出家を決意し足袋を穿き、鉢を持って托鉢の旅へと出かけたのである。というのは嘘である。かしこ。
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by hasumaro | 2011-10-17 16:14 | エッセイ



爆発する愛と欲の言葉達
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