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2011年、うけぬギャグには祟り締め
1が並ぶ数字は不吉である。例えば9・11、今年の3・11。しかも今年は2011年であった。僕はジンクスめいたものをあまり信用しないうちにおっさんになりかけているため、例えば占いの類でいい感じのことを告げられても「楽な商売していやがるなぁこら」などと台詞を吐いて捨て、おまけに放屁さえ放ち捨て、頑なに「根拠を示せ」と要求するうちに誰も僕に夢さえ語らぬようになり、本音では実に淋しい人生を長きに渡り生きてしまったことから今更生き方を改める勇気が沸かん、平たくいえばすっかりひねくれてしまったのである。
でもどうだろ。そら偶然だろうが、11という数字にひねくれた僕でさえ不吉なジンクスを感ずるのである。11といえば昔巨人軍に在籍した角盈男という投手の背番号であった。僕は彼の特段ファンではなかったが、幼児期に「どうも角盈男!」などというギャグをよく言っていたが、本音では流行を狙っていたがちっとも流行らなかった苦い思い出がある。自らのギャグを解説するのは不本意であるが伝わらない可能性があることを考慮してあえて解説させて頂くと、どうもすみません!を、どうもスミミツオ!と、言っていたのであり、これはもう説明しなくとも理解頂けると思うがそこをあえて説明申し上げると、「どうもすみ」まで同じ言葉のため「どうもスミ」と「すみ」の部分を角盈男の「角」に掛け合わせ、最後の「ません」を「角」に続く「盈男」にしたのである。しかもさっき気づいたが「盈男」を最近まで僕は「モリオ」を読んでおり、本来であれば先に記した通り「どうもスミミツオ!」が正しく、しかし当時から昨今まで現実には「どうもスミモリオ!」と言っていたのだから最初からギャグとして成立さえしていなかった、という事実をたった今知り、さっきから絶望に近い精神状態に陥っている。シンプルに言うととっても恥ずかしいの。
現在の精神状態を考えても11という数字はやはり不吉なのではないか。野球の話に乗じて野球の話をすると、よく「二年目のジンクス」などという格好をつけた文句を用いるが、これは一年目に活躍した新人が二年目になるとてんで活躍できん、というジンクスらしい。「そんなものはてめぇの実力不足だ馬鹿野朗。練習しやがれこの下手糞がっ」といつもの僕ならひねくれに徹して怒鳴りつけているところだが、さっき調べてみたところ、どうやら角盈男にも二年目のジンクスがあったらしいのである。これは不幸にも11を背負った男の宿命だったのだろうか。わからんが、我が国を襲った震災及び原発事故と同時に語ることをこれ以上躊躇ってしまうほど実に嫌なことがあった一年であった。
昔阪神大震災という巨大な震災があり、多くの日本国民が犠牲になった。当時の政府は村山内閣といって自民党と社会党の連立政権であった。イメージで言うと元ヤンキーの頑固親父とPTAの会長婦人が同居したようなものである。全くもって合わん。そんな政権の中でちょいとした権力闘争めいたものがあったのか、ちょこちょこと細工を施して人数の多い自民党ではなく少ない社会党の党首を首相にしたのであるが、この村山という人は元々権力欲が薄い為、自らがリーダーになった時のことを一切シュミレーションしてこなかったが為に本当にリーダーになってしまった途端、何をしたらいいのか全くわからなかったのである。そんでいざ震災が起きた時、たぶんびっくりしたんだと思う。震災にではなく、リーダーの責任というものに。びっくりしてキョトンとしているうちに被害は広がり、我に返った時には自民党の強面親父らに背中を突っつかれ、そうしてあたふたとど突かれながら表に引き出されたのである。記者らに鋭く突っ込まれ、キャメラマンに嫌味なほどフラッシュを浴びせられ、目立ちたくないのに目立つ羽目となり、あわわあわわと頼りない姿が全国に晒されたのである。完全な初動遅れ。実にやり切れない思いでテレビジョンを眺めていた記憶がある。そして今、その記憶が蘇る。3・11が起き、政権は民主党。共通するのは左翼政権というところである。村山政権は自民と連立ではあったが、首相は間違いなく左の人である。我が国の左翼政権というのは不吉な感じがする。鳩山由紀夫氏のルックスというのは何か亡霊めいた気色の悪いものを抱かせるし、菅直人氏に至っては能力のない人が見栄を張る時に見せる虚勢めいた苛立ちと不安を顔面に滲ませていた。現総理の野田氏は何というか田舎の蒸かしたまんじゅうのようだし、いくらまんじゅうを売っても赤字になりそうな雰囲気を感じさせる。復興が遅れている今、三者を見ていると言い知れぬ不安ばかりが心の底を締め付けて、のどちんこが酸っぱい思いがする。やはりジンクスなのだろうか。ジンクスなどという迷信めいたものではなく、単に政権に能力がないだけなのか。それならばこのような政党を与党に選んだ国民が一番愚かだということになる。そうなると国民は反省しなくてはならん。「どうもスミミツオ!」などと言っても許されない。誰に許されないのか。被災者の人たちか。否、そもそも許すとか許さんとかの話ではない。選挙とはそういうものなのだ。「失敗したら許してね」なんつって当選した政治家に、本当に「失敗したからスミミツオ」などと言われて許せるのか。投票には責任があるのだ。くだらない目立ちたがり屋には二度と立ち上がれぬほど恥をかいてもらう。現実をなめたぼんぼんには貧乏暮らしをしてもらう。見た目や人柄などに騙された無知な奴には快楽の悦びを失ってもらう。うけないギャグをしつこく流行らそうとしたガキにはいずれアル中になってもらう。そのギャグの中身がそもそも間違えていた男には将来肝硬変になってもらう。妻に隠れて屁を垂れる亭主には必ずにおいでばれてもらう。むしろ屁をしなくても「くさい」と言われてもらう。そして愛想をつかされてもらう。いやん。それだけはいやん。それなら真面目に投票せんかいぼけっ。どうもスミモリオ。
何だかんだ言って2011年も終わろうとしている。何だもかんだも言わぬとも終わるものは終わるのである。終わるのなら終わるがいい。僕はお前を追わん。そのかわり僕は先に行く。お前を追い越して先へ進む。そうしてまだ見ぬ未来を自らの手で切り開くのである。これが希望であるはずだ。去年のカレンダーには何を書き残した? どうせ覚えていないだろ? 今年のカレンダーに残した文字もあと一枚で思い出せなくなるのだ。それならば僕は次を書く。次の文字を書き残すのだ。そしてまた終わり、また忘れてゆく。それを繰り返すことが生きる術となる。未来は過去へと変わるのだ。2011年もあと数日。残りの日々をゆっくりと過ごし、じっくりと日の出を味わいたい。そして新たな年の始まりを、一歩踏みしめるのである。雪の上に新しい足跡を残すのである。かしこ。

2011年、御愛読ありがとうございました。また来年もよろしくお願いして頂けるのであれば是非ともお願いしたいのでありますが、万が一お願いして頂けない場合は、その理由を言葉で言われるとすごく傷つくので言葉ではなく態度、否、態度もこれ実に傷つくものです。だから言葉や態度ではなく願わくば手紙などで送って欲しいと思いますが、僕は住所を教えません。なぜならそんな手紙受け取りたくないからです。そんなら初めから言うなぼけっ、とあなたはおっしゃるのでしょうね。でもおっしゃられたところでそんな言葉も聞きたくないのです。だからこの際、一方的に言わせて頂きたい。こんな一方的な僕の態度に反論があるのならばあなた自身で解決して頂きたい。もう僕には何も言わないで下さい。かまわないで下さい。だからと言って本当に放っておかれるのもこれまた淋しい、というのが人間の心情というものでしょう。ほんと人間て難しい生き物ですね。お互い。だからせめて人間同士仲良くしたいものですね。何というか、友達な感じ?で、平和にいきたいよね。フレンドリーちゅうかさ。ほんと。だからもっと軽い感じで言った方が距離が縮まるっちゅうか、そんなんでいく?いっちゃう? 来年もよろしくー。お願いしまろ。なんちて。
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by hasumaro | 2011-12-28 16:32 | エッセイ
詩 その40

太陽が落ちた部屋


太陽がもう少し遠くまで届いたのなら
もう少し長くここに居られたんだね
太陽がもう少し遠くまで届いたのなら
君はもっと上手に笑えたんだね

もう少し遊んでいよう
時間はまた進んだみたいだ
それとなく楽しんだら
きっとその後はうつむいてしまうんだね
空はうなだれて
悲しい影を落として
母親のように淋しそうに
誰かの帰りを待っているね

悲しみについて考えたことがあるかい
笑顔は泣き顔なんだよ
笑うたび悲しくなるんだ
泣き顔を欺いているんだよ

もう少し遊んでいよう
どう? 楽しんでいるかい
どう? この部屋は気に入ったかい
気に入ってくれたかい

僕たちはこの世のモノなんだよ
気にしないでおくれ
僕が目を閉じるのは消えてしまうためじゃなくて
目を閉じたとしても君の姿が見えるからなんだ
僕たちは本当にこの世のモノなんだ
君がたとえそんな風に悲しそうな目で
僕を見詰めたとしても
僕も君と同じようにこの世のモノなんだ

だから泣かずにもう少し遊んでおくれ
もう少し遠くまで太陽が届けばいいのにね
そうしたらもっと暖かいのにね

悲しみについて考えたことがあるかい
涙は思ったよりも暖かいんだね
君は楽しそうだったね
でも笑顔はやっぱり泣き顔だったね

僕の手はもう冷たくなっていたかい
それが伝わるのは僕がこの世のモノだからなんだよ
永久に僕は君の場所で繋がっているんだよ





(1997年 小銭)
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by hasumaro | 2011-12-27 16:26 |
深爪は中指のメロディ
この時期、世間では忘年会というのが催され、日頃安酒に喘いでいるおっさんが居酒屋などで普段食えぬ宴会メニューに呑み放題プランなどを付属させたのをいいことに親の仇のように呑みまくる。そら生ビール、日本酒、焼酎、ウヰスキー、慣れた発泡酒など消え失せやがれ、なんつって粋がるおっさんのカーニバル期間と言っても過言ではないようである。
普段労働を終えて帰宅するだけの日常の中で、札幌であらばすすきのという酒場に繰り出す機会というのがあまりなく、近頃では不況というのがもはや孫の代まで続くのではないのかしらん、という不安も重なって接待などを控えやがる企業が大半であることも手伝って、ますますおっさんがすすきのに出向く機会も身銭もなくなっている。そこでこの時期がくると「忘年会」というカーニバルがおっさんに機会を与え銭は与えぬが財布を軽くする。「ほら今日も忘年会だから、ほらこの時期だし。だからほら、すすきのに行ってきます」なんて家人に言い訳して出向くおっさんのスキップが札幌市交通局が運営する地下鉄に鳴り響くのである。ちゃっぷちゃっぷ。
呑みなさい。と思ふ。札幌ですすきのストレスを抱えたおっさんらが大勢すすきのでスキップしてくれるとすすきのも儲かるだろう。そうした民衆の束の間の祭りが経済を多少なりとも動かすのが人間社会である。今年は暗い一年だった。いいことのなかった一年だった。日本人の大半が同様の思いを抱いて過ごした忸怩たる一年であったはずだ。おっさんも辛かっただろう。出世できなかったり部下になめられたり妻に見下されたり、挙句娘に嫌われせがれに愛想をつかされただろう。そうした思いのすべてをすすきののお姉ちゃんにぶつけるとよろしい。「サラリーマン、頭が禿げたら身銭も切れぬ」などという悲しい川柳を心で読みつつ、「あら、そのマフラー素敵ね」などとワゴンセールでついでに買い与えられた安い中国製のマフラーを、他に褒めるところが見当たらぬ理由で褒めてくれるすすきののお姉ちゃんに慰められて欲しい。と思ふ。そうした人々の悲哀がすすきのという酒場ではささやかな癒しを生み、そして少しの活力を生む。うむ。来年も頑張るか。などと毎朝青汁を飲みながら出勤し吉野屋の牛丼ランチをまばゆい蛍光灯の下で啜りながら、おっさんは家族を、会社を、社会を、そして日本国を懸命に支えてゆくのである。おなら。
過ぎた年月を戻すことは人間にとって物理的に不可能である、という理由から年々おっさん度を高めつつある僕もこの時期忘年会という催しに参加を果たしている。そして日頃食えぬ宴会メニューを食い散らかして呑み放題メニューを片っ端から呑みまくっている。困った肝臓である。肝田肝蔵である。そうして一年間に浴びせられたあらゆる批判、叱責、罵声、恫喝をこの日くらいは忘れてしまおう、なんつって俗に言う無礼講と相成ってどさくさ紛れに上司に絡んで年明けに左遷されるのである。
宴席で仕事の話はやめぬか?という意見がよく出されるという。なぜか。忘れてしまいたいからである。先に述べた如く客先からの批判叱責罵声恫喝などの所謂クレームらについて酒の勢いを利用してぐだをまき、愚痴をこね、ともすれば落ち込んだりしたら楽しく呑めぬではないか。という理由から宴席の仕事話はやめぬ?ということになるのだろう。わかるっ。と思ふ。というより僕の場合はいつでも仕事の話は嫌いである。平たく言えば毎日仕事を忘れてしまいたいのである。仕事を忘れてどこかへ消えてしまいたいのである。例えば見知らぬ町へ行きたいと思ふ。見知らぬ町のどこか安い民宿などを借りて数日ないし数ヶ月、否ともすれば数年ぼうっとしたい。しかしそんなことを実施したら職場をクビになるし、無職になったらおマンマが食えない。おマンマが食えぬと死ぬ。死にたくない。という思いから僕は見知らぬ町へ行くことを諦め、日々精神を干物のように乾かしながら労働しているのである。無念である。この無念が忘年会で爆発する。どかん。しこたま呑んで腹を下し、明け方に帰宅した途端便器の上で尻を露出し、筆舌に絶する結末を迎えるのである。馬鹿である。馬鹿まろである。毎年の暮れにいつもそうじゃん。いつも同じじゃん。腹下して悪臭を放つじゃん。泣きながら寝るじゃん。馬鹿じゃん。阿呆じゃん。でも日々溜め込んだ無念を一点に集中させず分散させながら小出しにしていたら毎日呑まねばならなくなる。つまり毎日少しずつ腹を下すことになる。いささか下品な表現を用いざるを得ず恐縮だがそのうち漏らすかもしらん。漏らしたら僕は人間をやめる。よす。いっそ空気になりたい。諸君は僕を呼吸に使って欲しい。僕はそれで本望である。
つまり呑みすぎには注意せんといかんよ。ちゅう話であるが、では具体的にどのような注意をしたらいいのか。よく悪酔いせぬよう酒の吸収を抑える為に予め牛乳を飲んで胃に粘膜を貼る、という方法がある。僕は実行したことがない。というのは何だか無理をしているような気がしてならないからである。そもそもそんな作戦を企ててまで酒を呑まぬといかんのか。そんな無理して呑まねばいいじゃん。と思ふ。胃がやばいな、と思ったらよせばいいのだ。しかしよせないのだろう。なぜによせぬのか。やはり日頃のストレスが年末の一極に集中して爆発しているからである。しかし一方で予め牛乳を飲んでいるってことはそれを予測しているということだろう?予測できるのならそもそも酒を控えろよアホがっ。と思ふ。要はやらせが嫌なのだ。呑み過ぎてしまうのは忘年会という恒例行事がもたらす恒例の爆発であり、言い換えればそれが自然であるのだ。予め牛乳を飲んでおこうって魂胆は何だか潔くないし、さも「いやぁ呑みすぎたらやばいからさぁ」なんて謙遜を装いながら準備をしているというのはやらせである。僕の場合でいえば自宅を出るときに便器の蓋を開けておかなければならなくなる。もっといえば正露丸等の腹の下しを予め抑えるための医薬品を投薬しなければならなくなる。そんなのは何だか不自然だなぁ。あえて腹を下したいとは言わぬが、投薬してすすきのに臨むってのはちょっと浅ましくないか?ともすればドーピングではないか?だから僕は自然体で臨むのである。すすきのという名の爆発に。それが人間らしいとは思わぬか?思わぬね。
「お便器の蓋を外して尻破裂」という一句が思い浮かんだが取り立てて面白くないということも同時に悟った。悟ってから僕は立ち上がった。爆発するために立ち上がったのである。そして十年前に月賦で購入したヨウジヤマモトのコートを羽織り玄関口へと向い、ふと立ち止まった。そこに我が家の便所がある。僕は迷った。蓋を開けておくか否か。蓋を開ければ負けだと思った。僕は何に対して負けるのか。牛乳か?僕も奴らと同類になるまで落ちぶれたのか。否。いな。そんなことはない。今一度僕は玄関口へと向った。もう便所を振り返ることはなかった。そしてそのまま扉を開いたのである。僕は生身の人間として自然体で今夜も爆発に臨む。それが男である。と思ったと同時にそもそも便器の蓋で悩む時点で男ではない、と悟り、「しかしこれもまた男である」と少し男らしさを意識して極力低い声で呟いてからエレベーターのスイッチを何度も何度もしつこく押したのである。押し続けたのである。中指で。かしこ。
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by hasumaro | 2011-12-09 16:41 | エッセイ
詩 その39

優しい蓮麿


わたしはやられてもやり返さない
わたしは殴られても殴り返さない
わたしの唯一の抵抗は無抵抗そのもの
やり返す武器は持たない
殴り返す勇気も持たない
やり返すことは争いを長くする
あなたはわたしを忘れることだ
なぜならわたしは優しいから

にらみ返すくらいなら土を眺める
粋がって歩くくらいなら池に落ちる
あなたが右に居ればわたしは左の壁を見詰め
壁紙に包まり嵐が去るまでシミになって濡れるだろう
誰かがそれを拭えばお礼を言うし
誰もが無視をすればホッとするだろう
わたしは生きる権利しか主張しない
なぜならわたしは優しいから

全裸の女を見ればその生い立ちに同情し
息果てる女の背中にタクシー代を置くだろう
愛情は共有しない方がすぐに終われる
わたしの無抵抗はあなたへの謝罪
土下座をするわたしの姿に
あなたはむしろ安心するはずだ
あなたはわたしの罪のかたまり
なぜならわたしは優しいから

傷ついた人々にわたしは頑張れとは言わない
立ち上がれずにいる人の真横でむしろ熟睡をする
わたしはわたしとして確かに存在はするが
わたしであることを主張することで発生する義務は背負わない
わたしはただ、わたしであるだけ
すべてを決めるのはいつまでもわたし以外のお前
それは生きるか死ぬかを決めるのもお前
わたしは何ひとつ昔から変わらない

わたしが変わることを恐れるのもお前
変えてはいけないと怯えるのもお前
わたしはただ存在することだけが意味
瀕死のお前に血を分けず頭を撫でることが理由
優しさが救いをもたらすことはなかった
誰一人バチが当たることもなかった
そこにわたしは生まれたことの意味を知った
わたしはそこに存在の理由を知った

わたしはお前の国であり
わたしはお前の領土だ
わたしはお前の土であり
お前がいつまでも眺める海だ
いつまでも透明の水だ
いつまでも濡れた地面だ
生きるか死ぬかをお前は決める
わたしは救いようのない優しさだけだ

涙はない
笑顔もない
影だけが映る
足音はない
足跡もない
匂いだけが残る
わたしをいつまでも忘れていてほしい
最後まで気づかないでいてほしい

なぜならわたしは優しいから
なぜならわたしは優しいから
なぜならわたしは優しいから
なぜならわたしは優しいから
なぜならわたしは優しいから
なぜならわたしは優しいから
なぜならわたしは優しいから
なぜならわたしは優しいから
なぜならわたしは優しいから
なぜならわたしは優しいから
なぜならわたしは優しいから
なぜならわたしは優しいから





(2011年 炬燵)
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by hasumaro | 2011-12-06 13:25 |



爆発する愛と欲の言葉達
by hasumaro
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