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ぼくの真ん中に冬
相変わらず北海道の冬というのは長くてしつこい。いやん。消えろ。帰れ。と罵倒してもそこに居座り続けやがる。そして嫌われていることにちゃっかり悟っていやがるのだろう、わざとかまって欲しそうにすこぶる寒い冷気を僕に毎夜毎朝浴びせやがり、嫌なことをすることで存在をPRするこの精神というのは実に卑屈である。
北海道札幌市で生れ落ちたせいで、僕という人間の人格そのものに冬の卑屈さが反映され、僕自身けっこう卑屈な男である。なんというか、すごく褒められたいのに実際褒められてしまうと褒められたことを信じない信じたくない、そんな思考が一瞬で働く。そもそも褒められることを実施しようと心がけていないことも手伝って、不意に褒められてうっかり喜んだら陰で馬鹿にされるのではないかしらん、と思ってしまう。最初から僕を褒める人などいない、そんな行いしてないもの、と思っているのでいざ褒められるとこの人は褒めることで僕を騙して僕に不利益を及ぼした挙句名誉を毀損しようと企んでいるのではないのかしらん、と疑ってしまう。実に甚だしいくらいの卑屈野郎であり、ここまで卑屈が育ったらもはや婦女子にももてない。同性にだって人気が出ない。つまり人間社会の日陰者であり、だけど日陰者はいやんなので普段卑屈を表に出さぬよう細心の注意を図っているものの、同時にこんなことに細心の注意を図らざるを得ないあたりが正しく卑屈である、とも思え、ますます卑屈地獄にはまり込んで全身が地底にめり込んだ思いである。めりっ。
冬季オリンピックというのが旧ソビエト連邦・現ロシア共和国ソチ市にて催されているのだけれども、冬季オリンピックというのは冬季のスポーツであり、冬季のスポーツというのは雪上で行われるわけであって、つまりものすごく寒い中でスポーツをしている人たちの祭典である。
この寒い中、卑屈にならずスポーツをするなんて実に立派ではないか。その時点でメダルの色など関係なく皆偉いと思ふ。僕の人生経験から一方的に言わせてもらうと、普通冬にスポーツなどやらない。寒いと体が動かないし、思考だって鈍る。そんな肉体的・精神的条件下でスキーやスノーボードやスケートに勤しむなど僕の人生経験上ありえない事態である。だからこうして僕という男はスポーツはおろか外出することさえせず、自室に篭り政治経済番組などを見てコメンテーターやタレントの悪口を呟いたりしているのだ。一人で。たった一人で。まるで情けないと思わないか。僕は思う。だから反省してせめて外出しようと思うのだけれども外は連日吹雪。僕のような冬季素人がこんな吹雪の中外出したら遭難した挙句たぶん死ぬ。死んだら妻が悲しみたぶん友も悲しむ。悲しませたくない思いから僕は外出を諦めて、こうして忸怩たる思いでデーブスペクターの悪口を呟く羽目となっているのだ。なんだかますます卑屈が成長した感じがするのである。まいった。
外は寒いし死ぬかもしらんし、だからといって家も飽きる。飽きるけれども寒いから家に篭るしかなく、おかげで死ぬほど家に飽きている。つまり後も先もない。後がなくて先がないということは後と先の真ん中にいる、ということになるのだけれども、この場合の真ん中というのは右翼左翼ではない中道、リベラル、だのの意味とはまったく違って、ひたすらどん詰まり、行き詰まりを意味する。「僕は真ん中です」と言って「へぇ、偏っていなくていいですね。一方に偏らず客観的思考で物事を判断し批判をする。その精神こそが民主主義を発展させ、言論の自由を守るんですよ」などという人がいたとしたらその人は真ん中であることの苦しみを知らぬぼんぼん野郎である。金にも飯にも困ったことのない、便所にも便器にも困ったことのない立ちしょん野郎である。いいですか。このまま真ん中にいたら生きているのか死んでいるのかもわからない、ひたすら卑屈空間でぶくぶく肉を卑屈に変えた卑屈でぶになるのですよ。僕は今、危機を感ずる。危険を感じている。このままでは危機と危険の真ん中のあはん野郎である。
そう。外である。外出である。やはりこれしかない。人間、生きていたら一度くらいは命を懸けるくらいの覚悟が必要ではないか。僕はそう思う。なにも全裸で吹雪の中をスキップするわけではない、ただ何というか気晴らしみたいな感じで、軽く、ラフな感じで、ポジティブな気持ちで、ぷらん、と外へ出てみりゃいいのですよ、ほんと。で、ぷらん、って感じで玄関のドアーを開けた途端、氷の塊を無理やり気体に変換したくらいの凍てつく空気が僕の灯油ストーブに慣れきった、怠けきった肉体にずぶっと突き刺さる。痛い。痛い。やめて。と叫びながらも僕は必死に、決死の覚悟で、武士のような顔でエレベータへ向かって走り出した。下降ボタンを人差し指でプッシュし、開いた扉の向こう側へ肉体を押し込むように乗り込んで一階ボタンをプッシュプッシュプッシュ。ちん。と鳴って到着した一階。開いた扉の向こうに玄関ホール。玄関ホールの向こうにガラス戸。ガラス戸の向こうに冬季。なまら寒そうな雪。冬のかたまり。マンションと外界の真ん中でしばし呆然と立ち尽くす僕。立ち尽くしているうちに不意に心の中がメルヘンになった。つまり、外に出れば本当の自分が見つかる、すなわち今まで家に篭っていた自分は本当の蓮麿ではなくて、本当の蓮麿は外にいるのではないか、と思ったのである。そんなメルヘンを信じていざガラス戸を開き、とうとう僕は外へ出た。吹雪。雪の嵐。突風と疾風の真ん中に冬季の世界が完成している。どこに蓮麿はいるのか。本当の自分がいるのだろうか。そんなものいるはずがない、ということを一瞬で悟った僕。ぶるぶる震えながら「でもせっかくだから」などと独り言を言って真冬の歩道を二三歩進んでみたものの容赦のない寒さに心が折損し、直ちにきびすを返してから「おおう、寒いねぇ」と、ねぇ、の部分をわざと少し声をひっくり返して呟き、その時の顔は見なくともわかるほど顔面の筋肉が卑屈に歪んでいたのだけれどもあえて無視し、そのまま、そのまま、ガラス戸を押して玄関ホールに入り、ぶるぶる震えながら真ん中を、ひたすら真ん中を、ど真ん中だけをよちよち歩いて、そしてエレベータの到着を待ったのである。そしてなかなか来ないエレベータを待ちながら、微塵に残る心の中のメルヘンを打ち消すためにわざとしつこく呟いたのである。「日本、がんばれ」と。ちん。かしこ。
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by hasumaro | 2014-02-19 08:44 | エッセイ



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